2009年01月01日
帰国しました
30日に日本に帰国しました。
帰国前に、24日から28日までアプカラナに帰り、クリスマスは以前のホストファミリーと迎えました。
そこでもやっぱり黒いと言われ続け、さらに日光浴にまで連れていかれました。
帰国しても黒光りしてるって言われるし、この真冬の日本でどう生き抜こうかしら…
アプカラナは相変わらず何もなかったけど、帰国前にもう一度家族に会えて、ホストシスターとも思う存分話せて、ゆっくりできて良かったです。
でもやはりPOAが恋しいなぁ…
アプカラナは私がブラジルで知った最初の町だけど、POAの方が思い入れが強い。
大学に行ったり、自分でやらなければいけないことがたくさんあったからかな。
10か月、とても短かったです。
いくらやっても言語は足りない。
でももう一度ブラジルで生活出来て、大切な友達も出来て、大満足の10か月でした。
ブラジルはすごく遠いけど、何もかも自分次第。
行こうと思えばすぐ行ける!
帰国した直後の気持ちを忘れずに日本でも頑張っていきます。
ではとりあえずこれで私の留学日記は終わりにします。
10ヶ月間読んでいただいてありがとうございました^^
Adoro Brasil, Amo Porto Alegre!!
2008年12月23日
最後の最後で
POAでの日々も残すことあと1日。
今日は必要な書類を連邦大学へ取りに行ったり、郵便で荷物を送ったり、サンパウロへスーツケースを送る手筈を整えたりしていたら1日が終わっていました。
スーツケースは国内便だと1つしか預けられないので、VARIGLOG(VARIGとは別です)という荷物専用の配達会社でサンパウロまで届けることにしました。
トラック配達だと30kgまで80レアルで、到着まで3日かかりますが28日に帰国予定なので調度良いかんじ。
友達のと自分のスーツケース2つを抱え、ホストパパとPOA支店まで向かいました。
そしたら!
24日、25日は休日で会社が閉まり、荷物が着くのは来週になっちゃうとのこと。
焦る私たち。
航空便だと2つで300レアルかかるので、なんとかトラックで持って行けないかとごねる私たち。
でも結局航空便で送ることになりました。。
予想外に高くなりましたが、飛行機でオーバーした分を払うよりかなり安いし、国際空港に直接持って行ってくれるので楽かな、と。
しかも本当は土曜日までに引き取らなければならないのですが、そこもまたごねて追加料金なしで日曜日の夕方までにしてもらいました。
VARIGLOGのお兄さんが優しいのを良いことに、荷物用の秤で体重を測る私。(痩せなきゃ!)
さらにスーツケースが38kgを超え、その場で7kgの本を取り出すことに。(また郵便で送らないと…汗)
その際にInterの袋が見え、ホストパパとお兄さん2人に責められる私。(Gremistaだったら割り引いてくれたらしい。笑)
こうしてくれないと嫌だの、ダメなら別の会社に頼むだの、まー面倒な客でした。
ごめんねお兄さん。
でもブラジルの良いところはいつでも抜け道があるところ。
無理!と言われても「おねがーい!」ってすれば大体なんとかなる。
特に外国人。
とおーい日本から頑張って来てるだの、だからお金ないだの、東洋人は小さくて痩せてるからタクシーにもう一人乗れるだの結構無茶を言ってきたこの10ヵ月。
いざとなったらポル語わからない振りだってした。
そんなんでいいの?決まりってあるようでないようなものだなぁーと思ったりしますが、頭の固い私たちは彼らから学ぶべきところもあるんじゃないかなー
適当になったらダメだけれど。。
一件落着~と言っていたら、ホストパパに「すべてが終わるまで(荷物を引き取るまで)安心するな!ここはブラジルだぞ!」と言われました。
そうよね、忘れてた。ここはブラジルだった(・ω・)
あのお兄さんもあの後飲みに行って私の荷物のことなんか忘れちゃうっていう可能性もあるんだった。笑
最後まで気を抜かないぞー!
話は変わって。
先週の土曜日の夜はMoinhosにあるDublinというアイリッシュパブに行ってきたのですが…
知り合いの日本人の方に、「黒いねー!どうしたの?海行ったの?」を連発されました。
海なんてここしばらく見てませんから。
でも、でも…
私の顔を見る度に黒いって言うことないじゃん(;ω;)これだから酔っぱらいは!笑
(なんて冗談です。とても素敵な方です。彼女もめっちゃ可愛くて見すぎないようにするのに大変でした。)
まぁ確かに黒いんですけど。
ホストファミリーの親戚の人にも今日驚かれたけど…
かなり空気読めない感じで帰国すると思います。
はぁ・・・
POAの夜も最後…
もう踊りに行けないのがかなり悲しい。
あんなに楽しいことないのに。
留学組のみんな、帰ったら行くからね。
東京で一人暮らしのあなた、その時はよろしくね。
とりあえず
部屋がまだめっちゃ汚い。
どうにかせねば。
2008年12月21日
Gramadoのクリスマス
(ペルーはきりがないし、クリスマスが近いのでグラマドについて先に書きます)
グラマドについては以前イースターの時にも書きましたが、チョコと映画祭で有名な小さな町です。
雰囲気は軽井沢みたいなかんじ。お金持ちの避暑地です。
イースターでも町中が飾りでいっぱいになりましたが、クリスマスはさらに気合いが入っています。
町中イルミネーション、12月に入ると毎晩別のショーが町の至るところで行われます。
この時期はRS州だけでなくブラジル中、もしくは国外からも観光客が訪れるそう。
というわけで観てきました、ショー2つ。
(家を持っている友達がいるって素晴らしい★笑)

↑グラマドの町全体に驚くほど咲いているアジサイ(今が旬)
むかーしスイス(スウェーデンだったかも)人移民(クノールを設立した家族出身らしい)が持ち込んで、グラマド全体に生え広がったそうです。
ほんとにどこもかしこもアジサイ。しかもでかい。


↑グラマドの町。おもちゃの町みたい。

↑町中にあるチョコのお店

↑観光バス

↑教会

↑手作りのサンタクロース。
なぜ青もあるかと言うと、そこはもちろんサッカー関連。
Inter(赤)とGremio(青)サポーターのため。

↑1つ目のショー・クリスマス工場という題のミュージカル。
クリスマスの夜に少年が天使に連れられてサンタクロースのおもちゃ工場にやってきて…という話。
まぁ定番、って感じでした。かわいらしかった。

↑2つ目のショー
噴水、光、花火、オペラを組み合わせたショーです。
ディズニーシーみたい!とてもきれいでした。
オペラ歌手の一人にかなりノリノリで歌いながら踊っている人がいて、ブラジル人らしくて思わず笑っちゃいました。
(遠すぎで写りませんでした)

↑町の中心のイルミネーション。
ミニルミナリオ…
もちろんイルミネーションやショーはどの国にもあるし、東京のイルミネーションの方が豪華で迫力があります。
でもグラマドの特別なところは、それが町全体で統一して行われていることです。
グラマドにとってクリスマスは1年で最大のイベントなのです。
帰る前にもう一度行けて本当に良かった!
カルロス、ありがとうー!!
日本で待ってるよ~^^
2008年12月19日
ペルー旅行記 リマ編
前に書いたように荷物が届かなかったためすっぴん。
歯ブラシすら持っていなかった私(夜中で買いにいけなかった)、指に歯磨き粉つけて磨きました。
ところでリマ観光ですが。
美術館やピラミッドを中心に回りました。
あとは国会などが集まる広場に行ったり。

お面

文字がなかった時代の伝達手段!

国会(たぶん)

インカカラーに身を包んだ犬
(同性愛者グループのシンボルに似ていますが、少し色が違います)

ピラミッド。。
リマにいたころはひとつひとつを見てかなり感激していたのですが、その後の苦しみ&衝撃でなんだかリマの記憶が薄い私。
とりあえずリマは首都なだけあってどこも綺麗に整備されていて住みやすい街でした。
・・・帰ったら写真を見つつ説明します。。
2008年12月18日
ペルー旅行記 POA出発ーリマ到着編
まずは肝心のリマに着くまでの話を・・・
ペルーまでは
POAからブエノスアイレスまで1時間。
ブエノスアイレスからペルーの首都、リマまで4時間。
ブエノスアイレスで6時間以上待ち時間があり、何もすることがなかったのでアルゼンチンに入国しちゃいました。
2度目のアルゼンチン、ブエノスアイレス。
7月に4日滞在してあまりの素敵さに感激し、ヨーロッパの経験もないのに「ここはパリだ!」などと大騒ぎした街。
もう一度来れるとは思っていませんでした。
というわけで、かの有名なCafe Tortoniに再来。
7月と同じアップルパイを頼むも、大きさが3割減くらいになってる。
しかもアイスが添えられてない。不況の波がこんなことろにも!
たった4か月の間の変化に戸惑いつつも、旅行者の少ない店内でまったりしました^^
市内には3時間ほどしかいれなかったのですが洋服屋さんに入ったり、ドラッグストアで物色したりと楽しみました。
(ブエノスアイレスはドラッグストアが日本並みに多い!)
大満足でリマ行きの飛行機に乗る私たち。
強風のため到着が2時間遅れるも、隣のペルー人の女性と会話したり、睡眠をとっていたので特に気にならず。
ていうか、問題はその後でした。
私たちはリマに着いたけれど、荷物は一緒に届かなかったのです。
ブエノスアイレスにおいてけぼりになっていたのです。
ごめんの一言もなく態度もよろしくない航空会社。(もう2度とこの航空会社は使いません!)
化粧品も着替えもお風呂グッズもなーんにもない私たち。
はじめて石鹸で髪を洗いました。
きしきししました。
なぜかブエノスアイレスでリンスを買っていたので少し助かりましたが。
次の日の市内ツアーでガイドの人に空港と連絡を取ってもらおうとしても、旅行会社から委託された人な上にホテル出迎え、午前午後と全員違ったガイドだったためなかなか意思疎通できず。
それでもなんとか夜には荷物は到着し一安心するも、初っ端からこんなんで大丈夫かしらと今後の旅に一抹の不安を覚える私たち。
その不安、意外と当たっていたような。
それはまたあとで書きます。。
2008年12月17日
帰国しましたが。。
と言っても、旅の半分以上を高山病で苦しみ、半生の肉が入ったハンバーガーを食べ、1日に3本飛行機に乗ったら元気でいれるはずもなく。
POAに戻ってもふらふらしています。
気持ち悪いしなぜか息苦しい。
本当はペルーのことを書きたいのですが、今日は写真だけで…

らぴゅた!
2008年12月09日
新しいCuiaとBomba


ホストファミリーが新しいCuiaとBombaをプレゼントしてくれました。
(以前自分で買ったものは飾りが取れてしまいました)
このCuiaの形、実はウルグアイで使用されているものらしい。
RS州の伝統的な形はひょうたんそのままの形で、ウルグアイのは半分に切っているそうです。
伝統的な形も良かったのですが、なぜか私は持ち運びを気にしてどうしてもこの形にこだわりました。
そもそも持ち運ぶまでしてChimarrãoを飲むんだろうか。。
写真でもわかるように、Bombaには私の名前が刻まれています。
実はCuiaにもRSの思い出…と刻まれています。
ホストパパがわざわざ刻印を頼んでくれました。
自分の名前が入ったCuiaとBomba、一生大事にします!
あとはChimarrãoの茶葉を大量に買い込むだけですー!
今日はメキシコ人の友達と夕食に行ってきました。
そしてずっと拒否し続けたテキーラを飲んでしまいました。
その友達のことは大好きだから一緒にテキーラを飲んであげたかったのですが、どうしても過去の失敗が頭から離れず。。
でも今日は彼女と食事するのも最後なので、思い切りました。
で、やはりだめでした。
別のメキシコ人の友達が途中参加した時点で、体中真っ赤。
我慢できずトイレでしゃがみこむ私。
心配した友達2人がトイレに来て、3人でこもる。
話しているうちに、胸がいっぱいになって思いがけず号泣。
きっと酔っていたせいに違いない。
でも、メキシコ人の彼女のこと、ほんとう~に大好きで、彼女がいたから私のブラジルでの留学も色鮮やかになったと思う。
誰かも言っていたけど、留学で一番の収穫は他の留学生と友達になったことじゃないかなぁ。
もちろんブラジル人とも仲良くなるけれど、同じ悩みを分かち合える留学生仲間はそれ以上の存在。
彼女とは再会を約束しました。
出来たら来年、メキシコに行けたらいいなぁ。
後期になってからよく考えているのですが、今私がブラジルで知り合った人たちのほとんどはもう2度と会うことがないであろうと言うこと。
私にとってとても大事な存在であった人が思い出になっていくのが怖いです。
忘れないと言っても、少しずつ遠い存在になって行くし、顔もきっと思い出せなくなる。
いやでも新しい生活は始まって、その人が占めていた場所に別の人が入り込んでくる。
それは生きていく上で仕方のないこと。
自分でも良くわかっていて、それがまたすごく悲しい。
また帰ってくるよ、絶対もう一度会えるよ、なんて簡単に言えない。
結局はすべて自分次第なのだけれど、何年か後に会って、お互い変わってしまっているのに気づくのも寂しい。
だからといって一生ブラジルで暮らす心構えが自分にはまだ出来ていない。
まぁそんなこと考えてたら留学なんて出来ないんですが、辛いものは辛いです。
わぁーキリがない。やめよ!
ところで、明日から16日までペルーに行ってきます。
まだ荷物も心の準備も出来ていません。
だって自分がマチュピチュに行くなんて思ってもみなかったのだもの!
中学生のころ、あいのりで観たあの景色。
いつか死ぬまでには見たいと思っていた所に自分が実際行くなんて。
もう一度ブラジルに来なければ絶対訪れなかったチャンス。
無駄にしないように目に焼き付けてきます。
2008年12月07日
Nossa Despedida
ちなみに主催=主役(私達)。
このようなパーティは日本的な考えだと友達が開いてくれるものですが、こちらでは自分で計画して友達を誘うのが普通。
誕生日会も同じ。
自分のパーティを自分で企画するなんて始めは恥ずかしかったけれど、お世話になった友達に一気にお礼を言えるチャンスなので、思い切って開いてみました。
(パーティって言ってもただお酒を飲んで踊って騒ぐだけですが)
場所はMoinhos de vento地区の、Villa Rústicaというクラブ。
実はここ、POAに来て初めて知ったクラブなんです。
そして初めて、お酒って怖いな~と思った場所でもあります。笑
私の留学(+お酒との戦い)はVilla Rústicaに始まってVilla Rústicaに終わるのです。
平日の昼はランチもやっています。
思ったより安くておいしい。
Moinhosの有名な通りにあるカフェのランチよりもずっと良いです。
ピザの種類も豊富らしい。
住宅街寄りにあるので落ち着いていて、店員さんも親切。
POAにいる方、機会があったら行ってみてください^^
予定していたよりは来てくれた人が少なかったのですが(ブラジル人、絶対行く!とか行って来ないのも結構普通)、それでも十分な人数が来てくれたし、ひとりひとりに挨拶出来たし、開いて良かったです。
少しは感謝の気持ちが伝わっていたら良いなぁ。
2008年12月05日
Você me deixa doidão!
POAのInter対アルゼンチンのEstudiantesでInterにとって今年最後の試合なのでどうしても行きたかったのですが、クラブ会員がチケットを買占め1週間以上前にもうチケットはありませんでした。
というわけで、バーで試合観戦をしてきました。
Cidade Baixaに行ったのですが、どこのバーもColorado(サポーター)だらけ。この地区にPOA中のColoradoが集まったんじゃないの?っていうくらいの盛り上がりでした。
試合は引き分けでしたが、勝ち数の多いInterが優勝ということになりました。
その瞬間から、Cidade Baixaは無法状態に。

大通りにColoradoたちが集まり花火は焚くし、通る車に大勢で乗りかかって揺らしてるし、歌うし、飲むし。警察がきてもおかまいなし。朝の6時までこの祭りは続くらしい。
この大会でこれだけの騒ぎなのに、クラブワールドカップの時とかどうしたんだろう。。
ホストファミリーは別のチームを応援していますが、Coloradoでよかったーと思った夜でした。
しかも来年の夏、Interが東京に来るんです!
日本の優勝チームと試合らしい。
絶対行きます!もちろんTシャツ着て、Interのマークが入ったRS州の旗持って!
日本に帰ってからの楽しみができました!早く夏来い!
INTER, te espero no Japão!!!
2008年11月30日
11月最後の週。
以前は色々良くしてもらって一緒に出かけていたりしたのですが、なんだか緊張しました。
どうしてかと言うと、後期に仲良くなった人たちとタイプが違うから。
後期は歴史学部の人たちと親しくなったのですが、ブラジルでは歴史学部(もしくは哲学科・心理学部)の人たちってちょっと変わった人が多いそうで。
見た目としては、男性は髪が長くてもじゃもじゃで、黒いTシャツを着ているか、もしくはヒッピー的な人が多い様子。
もちろん普通の格好の人もたくさんいます。
ただ他の学部の人たちに比べたらシンプルな感じ。
おそらくコミュニスト寄りの人が多いっていうのも、他の学部から敬遠されてる理由のひとつ。
後は学費が半分くらいっていうのも影響してるのかもです。
私大だけどお金持ち感が漂ってないし、学生の年齢もさまざま。
別の学部の友達に歴史学部の人と親しいと言うと、
「そういう個性的な人たちと知り合うのも良いことだと思うよ~うん。」となんだかはっきりしない返事が。笑
確かにちょっと行きすぎの人たちもいるけれど、みんなすごく素敵で面白い人たちなのに。
私はいつも綺麗に着飾っている他の学部の人たちより、彼らといた方が気を使わなくていいです。
ていうか連邦大学の学生なんてどこの学部もみんなそんな感じ(イメージ)なのに、差別的な目で見られちゃうところに、PUCRSが私大だと言うことを実感させられます。
次の土曜日にお別れパーティを開くのですが、彼らの良さをみんなに知ってもらう良い機会になる!はず。

写真↑は歴史の友達がプールに飛び込んで水没させた携帯。
彼は携帯よりもタバコが濡れたことを気にしていました。
干しても変わんないでしょ。笑
金曜の夜はこちらで知り合った日本人の方にお子さんが生まれたので、お祝いをしました。
改めて、おめでとうございます^^
Interの赤ちゃん用ポロシャツをプレゼントしました。
着ているところ、見たい~!
土曜日は授業、歴史学部の人たちとランチ、夜は歴史・哲学合同のパーティ。
友達の誕生会だと思って行ったらなんだか違う雰囲気だし、主役(の予定だった人)は2時間以上遅れてきました。
ブラジル時間を考えて、時間通りに着かないよう、遅く出るようにしてるのに、それでもまだ早く着いてしまう。
修行が足りません。笑
そして今日はMaracatuを踊りに行きます!
これで最後だと思うので、悔いの残らないようにせねば!
2008年11月27日
映画
リブ・タイラーが出てます。ホラー?スリラー?系です。
日本では公開はまだかと思います。。
実際に起こった事件を基にしているらしいです。
ま、ほーんのちょっとその要素を取り入れただけかもですが、この一文があるだけで観客の恐怖も倍増ですよね。
実は予告編を観て笑ってしまったのですが、本編は音響が怖くて。
映像以上に「来るっ!」ていう感じの音が。
だからわかってるのに、女4人でそのたびに絶叫してました。
でも、こう言うと強がってるみたいですが、結局それだけか!って。
最初からそうしてよ!って私は思ったんですが。
こういう映画を観るたび、登場人物の行動にいらつく私。
普通しないからそんなこと。どれだけ勇敢なんだ!って。
私はとりあえず大人しくしときたいです。結果が同じなら。
でも今まではこういう系の映画が怖くてたまらなかったのですが、最近観れるようになってきました。
実話を基にしているといっても、映画になった時点でそれはもう真実とはかなりかけはなれているし、ドキュメンタリーもカメラを通した時点で(どの部分を見せる見せないが製作者によって決められている)フィクションなっている。
といったことを授業で学びましたが、これは映画を観る上でかなり助けになってます。
信じないというのではなくて、観たものを鵜呑みにするだけじゃなくなりました。
全てを自分の目で見れるわけじゃないし。映し出された中にある真実の一部を見出すことが大事なんじゃないかなー
なんて実は怖い映画を観た後のごまかしのために言ってるだけだったりして。笑
話は変わって、今日一緒に映画に行った友達は全員看護学科の子たちだったのですが、
もしブラジル人と結婚して落ち着いたら看護学科に入り直す、ということを強く勧められました。
(また懲りずにそんな話…)
仕事には困らないらしいので。
でも生物や数学は高1で諦めたから無理!と言うと、あまり関係ないとのこと。
じゃあ万が一そんなことが起こった時のために選択肢に入れておこう~と思った私でした。
単純です。
2008年11月26日
ラストスパート
先週の土曜日は映画館で"Feliz Natal"という映画を。
大好きな俳優、Selton Melloが監督した映画だったんですが…重かったです。
逃げ道のない映画でした。
私はコメディ映画に出てる彼がすごーく好きなのだけれど、そういう人こそ映画を撮るとかなりシリアスなものになったりする気がするのは私だけかしら。
そして昨日はDVDで3作。
今日も3作(ひとつアルゼンチン)を借りてきました。
午前中の授業はもう終わったので、夜更かしし放題です。
あと少し、たくさん観るぞー

浴衣をあげた友達からのプレゼント↑
以前、長いスカートが欲しいな~と言っていたのを覚えていてくれて、似合いそうだから!とくれました。
嬉しすぎる。
金曜日の授業に着ていこう~^^
ちなみに今、ブラジル(POA?)ではタイダイ柄が流行ってます。
私も先日セントロの露天で巻きパンツ(ラップパンツて言うらしい)を買いまして。
あまりにもタイダイしすぎると男性にもてないということで、ひかえめにしました。
萌黄色っぽい感じで刺繍が入ってます。かわいい。
そういやそこのお兄さんに、この色は君みたいなmorenaにはぴったりだよ!と言われたんですが。
morena(肌が小麦色の女性)って。
ちょっと気にしてるのに。
毎日の日焼け止めの努力もむなしく、日々浅黒くなっていく我が肌。
帰国したら日本は冬真っ只中だというのに…
最近、もしブラジル人と結婚したら…という話をブラジル人の友達と何度かしています。
そしたらブラジルにずっといれるじゃん、という。
でも私は海外でも通用するような特別な勉強をしたわけではないし、旦那さんだっていつでも私と一緒にいるわけにはいかないし、子供だってこんな片言のお母さんじゃやだろうし、旦那さんに頼りっきりで家に一日中いる女性にはなりたくないし(なれないし)…
などとかなり真剣に語っています。
てかまず、相手がいないっていうことを指摘する人はいないんでしょうか。
一番大事なことなのに。笑
まぁ結婚は出来ないにしても、これでブラジルとさよならする気はないです。
最低でも2014年、ワールドカップには戻ってきたい~
Interの新スタジアムプロジェクトのビデオを観て、真剣にそう思っているこの頃。
そのためにホテルひとつを買う、と友達が宣言したので、そこにお世話になろうかと。笑
しかもワールドカップまでにPOA市内に電車が通る予定らしいです。
それも見たい。
2014年…そう遠くない未来だ~
2008年11月25日
Passeio + Jogo

日曜日にRio Guaiba(グアイバ川)の遊覧船に乗って来ました。
このグアイバ川、実は湖です。
でも途中で川と合流してるし、かなり大きくて湖には見えない。
というわけで誰一人湖なんて呼びません。川!
写真は船から見たポルトアレグレ。
湖にはいくつか島があり、船はその間を通って行ったのですが、緑がいっぱいでアマゾンに行った気分でした。
アマゾンを知らないからそんなこと言えるんだろうけど、15レアルでその気になれて良かったです。
POAを湖から見て、そして今日はたまたま山の上から街を見下ろす機会があったのですが、つくづく素敵な街だなぁーと思いました。
近すぎると汚い部分も見えてしまうけど、そんなこと忘れちゃうくらい綺麗な景色でした。
苦手だったセントロの良さも最近になって見えてきてるし。
残り1か月にして。。遅い!
遊覧船の後はINTER×Fluminense(RJ)の試合に行ってきました。
Interは来週今年最後となる南米大陸の大会(アルゼンチンのEstudiantesと)が優先なので、今回は控え選手(また!)。
もう今年の順位は決まってるらしいので関係ないそうです。
なのでスタジアムはガラガラ。観客は7000人くらいでした。
で、結果は2-0で負け。
サッカーに詳しくない私でも、今回の試合はつまらなかった!
相手チームには以前日本でプレーしていたワシントン選手がいるのですが、すごくののしられてました。
そして彼はゴールを外して寝転がって足をばたつかせてました。
負けてしまいましたが、サポーターたちは全く気にしていません。
それはなぜかというと…
Gremio(POAのもうひとつのチームでライバル)が4-2で負けて今年度の優勝を逃したから。笑
自分らの試合よりそっちを気にしてたし、試合終わってスタジアムから出る時もGremioを馬鹿にする歌を歌っていました。
Interの試合がないときはただひたすらGremioが負けることを祈っているInterサポーターですので。
でもフルミネンセの立場ないじゃん。
来週は今年最後にして一番大事なCopa Sul-Americanaの決勝です。
最後だもの、行きたい!
頑張って並んでチケット買おうと思います。
2008年11月22日
むしろレアな経験
そしたらクラブが開きませんでした。
(開始予定から1時間以上待ったのに)
主催者とは連絡つかないし、バンドは到着しちゃうし、それでもクラブは看板の電気すらつかないし、で。
まだ普通のフェスタならいいですけど、来てる人ほぼみんな仮装してますから。
閉まりきったクラブの前でたむろすふざけた格好の集団。
羽とか付いてる人いたし。
私なんか囚人の服着てたし(パーカを着ていてよかったです)
まだ寒いPOAの夜風は体に堪えました。
友達はかなりご立腹でしたけど、むしろこんな経験一生出来ないだろうなーと。
逆に面白いでしょ。
話のネタが出来ました。
だまされたのかしら。
だとしたらかなり大がかりな詐欺ですよ。
色んな学部でチケット売ってたみたいだし。ポスターとかも貼ってあったし。
でもその割に人が少なかったのは気になります。(30人くらい。なわけないでしょ。なんで。笑)
他にもチケット買った人はたくさんいそうなのに、みんなどこにいったのかしら。
お金返ってこなそうだなぁ。
まぁ10レアルだったし、むしろ貴重な経験が出来たのでそれはいいとして。
とりあえず事の真相を知りたい午前1時です。
2008年11月21日
失敗
これで最後。
先生にあたしがこの4か月で少しは成長したこと見せなきゃ。
というわけでヤマをかけDVDで観た映画・Blade Runnerが出たにもかかわらず、別の作品の分析に果敢にも挑戦した私。
(実際は映画の中でもヤマをかけたシーンとテストで出されたシーンが違い早々に諦めていた)
それがいけなかった。
大人しくブレードランナー分析しときゃよかった。
いやでも最後だし、あとの2題はブラジルのだったし、やっぱ留学してるんだからブラジルの作品分析しとかないと!って思ったんです。少し。
分析までは良かったんですけど。ま、授業で先生が言ったことを書いただけだけど。
その後の別の作品との比較っていうので、
別の監督の作品を、違う監督の作品として書きました。
正直迷ってたんです。
それぞれの監督の代表作品をいくつか挙げても、顔は思い出せても、どっちの名前がどっちだったか思い出せない。
CMの分析だったので、監督色みたいなのがあまり出てなかったし(というより私にはわからなかった)。
物のグループ分けをして、総称を逆につけちゃった、みたいな。
書かないという手もありましたが、あまりにも分析が短くて、申し訳なくなってしまい、そして撃沈。
きっと先生「こいつ知ったかぶって結局ぼろが出たな」って思ってるはず。
あたしのばか!
でも一生この2人の監督の名前を取り違えることはないと思います。
それだけで、いいかな…4か月で私が学んだことって(;ω;)
2008年11月17日
Parada Livre em POA

虹色はこの運動のテーマカラー。
世界中でこの運動は行われていて、一番大きくて有名なのはスペインのバルセロナで行われるものだそうです。
ブラジルでも各州都で開催されていて、北東部やサンパウロはもっと盛大だそうです。
やはり南部はまだ少し抵抗がある人が多いよう。
といってもぜーんぜんそんなの感じないくらい、盛り上がってました。
参加者も、見学者もみんな楽しそう。


でも本当は、このイベント自体する必要のない世の中じゃないとだめなんじゃないかなぁ。
どんなに受け入れられてるっていっても、どんなに有名だと言っても、このイベントをしてる時点で普通じゃないって言ってるのと同じじゃないかなぁー
お祭り感覚でみんな楽しんでるけど、明日からはどうなるんだろう。
まぁ普段からよく見かけるし、かなり受け入れられてるとは思うけれど。
ホストパパはあと10年もして世代がすっかり変われば、ブラジルでは当たり前のことになるって言っていました。
日本は…私が死ぬまでには変わってるかしら。
全員が性別の壁を無くして理解し合うにはまだまだかかりそう。
なんてちょっとまじめに言ってみましたが、
結局はマッチョで格好いいダンサーのお兄さん達(ミント色の海パン着用←もちろんビキニ型)が踊るバスを追いかけて大騒ぎした、のでした。
(いつのまにかパレードに参加していました)
お兄さん達のサービスに失神寸前の観衆(男女共に)。
もちろんここにもその一人が。笑
筋肉痛が怖いです。
2008年11月15日
今週のまとめ
2000年にリオで起きたバスジャック事件が基になっています。
Ônibus174というドキュメンタリーを先に観ていて、字幕もなく理解できないところもあったのですが、今回バスジャックを起こした犯人がどういった経緯でそういった人生を歩むことになったのかが2作品を合わせてわかりました。
まぁ映画は映画だからそれを全て鵜呑みにすることはできないけど。
なぜかSAWにはまってます。(ポル語タイトルはJogos Mortais)
現在こちらで5作目が公開されていて、友達に面白いと言われたのでDVDで観てみました。
次の日4作目まで一気に借りて、観ちゃいました。
5作目をいきなり観に行かなくてよかったです。
次がすごーく気になる。
木曜はドイツ人の友達がドイツの伝統料理を作ってくれました。

パンケーキのタネみたいなのをおろし機?をかけて熱湯に入れて茹でているので、揚げ玉の少し大きいようなパスタになります。
それをたっぷりのチーズと玉ねぎをかけてオーブンで焼くだけ。
優しい味でした^^
これはたしかにブラジル人にとってはかなり薄ーい食べ物かもです。
ドイツってソーセージとじゃがいもだけかと思ってたけど、違うのね(当たり前だけど)
そしてドイツのグミ、Hariboを食べました!
こっちのグミは果物の味なんかしないくらい甘いので、思わずたくさん食べちゃいました。
日本では特に大好きだったわけでもないのに。笑
そして今日(金曜日)は大学の友達に浴衣を着せてあげました!
それで思ったこと。。
ブラジル人って発育がいいなぁー
自分が着た時と生地の余り方が違いました。笑
以前男友達に「Tu é seca!」って言われたんですが。。
これ直訳すると、枯れてる(みたいに痩せてる)ってことなんですが。
これ、ひどいよね。まぁ親しい仲でしか言わないらしい、けど。
でもちょっと根に持ってます。
彼もかなり痩せているので「おまえもな!」と言ってやりました。
お尻は大きければ大きいほど良いとか言うし。
でもお尻にシリコンはちょっと、ね。
胸に入れるのもね、いいけどね、入れたって明らかにわかるくらい入れてますからね。
ほどほどという言葉を知らないんじゃないかと心配してます。
しかもそれを隠そうとしない。男性も普通に受け入れてる。
すごいよー
浴衣からかなり話題がそれてしまいました。
友達はかなり気に入って、来週仮装パーティに着ていくそうです。
私は衣装を友達に借りる予定。
わくわく。。
2008年11月11日
奇跡!
でもひとつ報告させていただきます。
あたし料理した!
日曜の昼にドイツ人の友達に日本料理?を振る舞いました。
あ、土曜日も友達の家で料理したんでした。
ま、私がしたことといえば、から揚げの用のしょうがを擦って、揚げたてのから揚げ(しかもブラジル人が揚げている)を横からつまみ食いして怒られただけですけど。
で、同居している友達に「明日は私もう料理しないから。ひとりでやってね」と冷たく言われて本気でどうしようって思っただけです。
結局友達は肉じゃがを作ってくれて、私はパスタを作りました。
このパスタも、ネットでレシピを検索するはずが、いきなりネットが落ちるという緊急事態。
パスタを作った経験は皆無。
でも人の5倍くらいパスタが好きな私。
だから今までの経験(舌)と、暇なときにネットで見ていたパスタレシピ(目。といってもレシピより写真中心)を合わせればきっと出来るはず!
なんていうよくわからない自信だけはありました。
そして、やってやりました。

普通のミートソースに見えますが、かけた思いが違います。
入れた水の量も違います(水を飛ばすのにものすごく時間がかかってます)
イメージしていたのとはかなり違ったけれど、ドイツ人の友達がお変わりしてくれたから、合格かしら。
ブラジルに来て成長したことのひとつだったりして。へへ
つかれたー
やっぱり人に作って貰うのっていいなぁ。
だって私のよりずっとおいしいもの。
これからはもっと感謝します^^
結局自分で作らないってことね。。
2008年11月08日
やっと一息
やはり前々からの準備は大切だな、と。
ってテストの度に思うのに、結局経験を生かせていません。
昨日だってたまたま授業が休講になって、テストの課題図書を読むチャンスだったのに
ビール飲んでましたから。
昼の3時に。
真赤な顔で大学内を歩き、(飲んだのは学外です)
その後は友達とショッピングセンターでCDやDVDを物色し、帰宅して、爆睡。
起きて、本読みながらも意識をなくす始末。
先生、ごめん。
でも来週はポル語の授業のプレゼン以外、何もありません!
あ、授業は普通にあります。
今日はとりあえずFeira do Livroに行って、本を物色して、借りた映画を観ます。

写真↑は誕生日に同居する友達がくれたものです。
PUCのエコグッズ!
お店の前を通る度にほしいなーほしいなーと言っていたら、くれました。
(そんなつもりじゃなかったのに~^^)
エコバッグは早速使ってます。
遅くなりましたが、ありがとう
2008年11月04日
しあわせー!
日本の裏側の国で、とても素敵な友達に恵まれました。
今日は実は私の誕生日で、友達がサプライズパーティをしてくれました。
全く知らないで帰宅したら、家に友達がいて、びっくり。
本当に気づきませんでした。


その他にもたくさんのメッセージを貰いました。
くれたみんな、ほんとーにありがとう!
そしてパーティを企画してくれたそこのあなた!すきだっ!笑
今日のことは絶対忘れません!!


